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不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款
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| 大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵(断簡)を出品 | ||||
| 商品説明(来歴) | 大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の旧所蔵である。川柳漫画 大東京を歩く(1)~(19) 昭和戦前期/新聞切抜 阪井久良岐 西島〇丸 細木原青起 小野佐世男 小川哲男 谷脇素文【24-0901-3】。希少 諜報記 石光真清 石光真清手記 スパイ手記 昭和17 古書和本古本 軍事 ミリタリー 旧日本軍 戦前 太平洋戦争。出品した大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎に伝来していたものである。武田信玄公 陣小屋圖。シナリオ文學全集 1〜4巻 シナリオ大系/日本シナリオ傑作集/欧米シナリオ傑作集/文壇人オリジナルシナリオ集 東京 河出書房 昭和11年。この漢詩は「白氏文集」の「離宮高」の漢詩に由来するものです。Bb2612-b 本 火技範 間ノ一。I02-017 國文の綜合的研究 保坂弘司著 旺文社 記名塗りつぶしあり。自体の理由は、天皇の行幸には莫大な支出が伴うため、庶民の財を費やすことになるので天皇の行幸をいさめたものである。【植物染色體數の研究 植物染色体数の研究】 増訂再版 木原均 養賢堂発行 昭和11年増補再販 1936年 難あり 蔵書印あり。十住毘婆沙論易行品講纂 高倉大学寮 4冊揃 明治33仏教 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗臨済宗戦前古書和書PH。源氏の君は、天皇が源氏の君を訪ねるために「世間の迷惑となるようなことをなさいませんように」という意味で語りかけたものです。f24101501〇写本 花道華道相伝書 轡組の解 十二組轡 花留轡 盥絵図入 譚雲斎 文化3年〇和本古書古文書。8720 改訂音訓 書経 再刻後藤点(上下)(2冊揃い、線装本)。 | |||
| 漢詩の落款の意味 | 原本上部の漢詩の落款は、「讃」と称されるもので、古来、掛軸の書画に第三者がお褒めの言葉を書き込むもので元々は自筆でした。太閤真顕記 八篇 30冊。HH-9474 ■送料込■ 漢篆千字文 全4冊揃え 寛政4年 江戸時代 漢字 書道 資料 和書 本 古書 古文書 /くYUら。 特に出雲・松江藩などの茶道の盛んな大名家の所蔵する自筆などに「讃」が付され、後に自筆に代わり、石刻による「漢詩」の篆書が「讃」として用いられました。絵本「メクラとビッコとセムシのはなし」ネパール民話 限定100部 1973年/訳者:熊谷佳也子 版画:伊藤昭 下総書房【24-0630-6】。1930年代 上海 魯迅 検索⇒ 中華民国 生写真 支那 木版画 鄭洛耶 李岫石 黄山定 陳鉄耕 胡仲明 陳卓坤 胡一川 陳晋之 陳葆真 鄭野夫 羅清楨。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 中津 豊前国 古文書 書状。愚禿鈔講義聞書 南條文雄 3冊揃 明治27 法蔵館 仏教 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教臨済宗戦前古書和書古文書PH。茶道では「掛け軸は最高のごちそう」といわれております。『帝国人名辞典 初版 明治32年6月29日発行』細川潤次郎 内藤恥叟 井上頼圀 東京図書出版合資会社 歴史 資料。竹久夢二 「三味線草 絵入小唄集」 大正9年(1920年) 新潮社 13版 木版 帙。「讃」の中に有名な白楽天の漢詩を単純に落款として入れたのではなく、紫式部が原本の中に白楽天の漢詩を読み込んでいることを知ったうえで漢詩を選んでおります。f241113123〇靖献遺言 全八巻 3冊揃 風月荘左衛門 明治13年〇和本古書古文書。貝殻と頭蓋骨 澁澤龍彦著 初版本。この漢詩は「白氏文集」の漢詩に由来するものです。経文 釈彰如 和本 冊 釋彰如時代物・仏教美術 経本・経典 古書。本願寺聖人親鸞伝繪・上下2冊/四方金/折帖/サイズ約19㎝×30.5cm×3cm。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。レD1182サ●台湾戦争記 巻ノ一 巻ノ二 合本 伊藤久昭輯録 明治7年 台湾全図/和本/古書/戦前。f24022101〇古文書 村庄屋 名主 約140年間の記録資料 田方名寄帳 元文5年(1740)~明治10年迄 (1877) 井草宿 埼玉県比企郡川島町。 | |||
| 自筆の希少価値について | 自筆の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにあります。江戸 初期 正保「??抄 三国相伝??金鳥玉兎集之由来 全五巻3冊揃い」。■本◇青山堂☆書画鑑定 大日本名家全書全7冊 【明治35年発行】■。 出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。玲瓏雪月山房百梅図 1帙4冊 光緒 明治 拓本 中国 画譜 CII592。歐亜経済之趨勢 仲摩照久編 、拓務協會 、1935年 社会主義 戦前。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。昭和25~33年 中学・高校内部資料 生徒会ほか【24-0921-41】。畊香館画謄・紅之部・雪之部・2冊/瀧和亭・大岡雲峰と鉄翁祖門に学ぶ・花鳥画を得意とし宮内省と外務省の絵画御用を務め帝室技芸員となった。撮影後、展示のために再表装をしております。☆貴重 帯付き 続 桐生城物語 松島正見 群馬県桐生市郷土歴 歴史 資料 桐生 郷土 大間々 新田。西洋旅行案内 上下/福沢諭吉。 | |||
| 断層(MRI)写真 | 従来、日本の古美術の鑑定の際の分析・解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。【8冊セット】諳厄利亜セット 日本英学史料刊行会/編集 大修館書店/刊行【ac05g】。大東亜写真年報・2603年版/昭和18年/日本語英語中国語/戦ふ東条内閣・大東亜戦争勃発・一億必勝へ総決起・逞しき大満州国・アジヤは1つなり。本物を見分けるための欧米の進んだ分析・解析技術を見ることができます。1937年 号外 蒋介石 何応欽 検索⇒国民党軍 招牌 幌子 商舗 銭荘票號 當舗 洋行 洋場 租界 憲兵 巡捕 大煙館 妓院 中華民国 絵本 戯院 茶館。沖縄志 一名琉球志 1-5全冊 伊地知貞馨 著。額縁の大きさは タテ37.0センチ ヨコ28.0センチです。俳諧衆議 伏見許虹 信杖坊 宝暦7年 俳句 和歌 戦前明治大正古書和書古本 NA。0036402 【良品】 正倉院古文書影印集成 1ー8 宮内庁正倉院事務所編 八木書店 昭和63年~平成4年 定価2万/冊。 | |||
| 「源氏物語」の自筆について | 1・筆跡の分析について 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。西山宗因全集 第2巻 西山宗因全集編集委員会 八木書店【ac01v】。日本画 13種 折帖 送料無料 季節の鳥が11種とクワガタと兎の郷土玩具。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。菩提和讚 文政八年 出雲寺文治郎 濃洲羽栗郡 古文書 送料198円他。江戸時代 常總誌畧 全 第一巻から第六巻 3冊 安永年間(1770年代)下妻藩 儒医 小林覚右衛門尉源尚房之私記 茨城県下妻市 郷土史。 2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について 自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。再★ て-934 巻物 当時物 和歌 短歌 22首前後 落款あり くずし字 中古 瓢雨堂 和哥之神 連歌? 古いお品 長さ117cm 縦27cm 径3cm。(古本)福島県耶麻郡誌 耶麻郡役所 函付き、記名あり 名著出版 A61144 19721102発行。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。武井武雄「おもちゃ絵諸国めぐり 刊行案内等」昭和4年 伊勢辰版。写本/「寛政御造営之図」/詳細不明/大久保画本印あり/1冊。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。教行信証文類講義 開悟院霊 占部観順閲 9冊揃 明治29 仏教 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教臨済宗戦前古書PH。★明治9年発行 帙付き 和綴本 『 円山勝会図録 全3冊セット 』 熊谷久兵衛 鳩居堂 煎茶会。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。棋醇 囲碁 本因坊秀和 嘉永7年 和本 古文書 14世本因坊 嘉永七年甲寅秋新刻 ③NE。送料無料 「輿地誌略 全」 明治9年 内田正雄纂輯 洋本。母は後水尾天皇皇女女二宮。1936年 支那要図 検索⇒支那 中華民国 汪精衛 蒋介石 関東軍閥 憲兵 国民党軍 生写真 革命党 満洲 総督府 張学良 古建築 満鉄 租借地 事変。HH-9071 ■送料込■ 仏教講話集 全24冊揃え(第1編12冊/第2編12冊) 明治22~24年 仏教講話所 仏教 宗教 雑誌 和書 古書 当時物 /くJYら。幼名は多治丸。一休諸国物語図会 平田止水編 菱川清春画 天保7年 江戸時代 全5冊のうち3冊 3冊セット。幼学網要 婦女鑑 明治時代。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。北村季吟 増山井四季之詞。送料無料 「時局に関する教育資料」全34冊のうち第13巻欠の33冊一括とオマケ「独逸における時局教育展覧会 戦争と学校」。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。完品 夏目漱石『漱石遺墨集』昭和10年 岩波書店刊 着色波璃版全6図。歌集 茴香変 塚本邦雄自選歌集 塚本邦雄。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている | |||
| HP | 近衛基熙・旧所蔵「源氏物語」自筆を出品いたしました。61103YN●和本●『魚貝能毒品物図考』全1冊 嘉永2年 青苔園 高嶋春松●古書 江戸時代 浮世絵。f241113129〇文章正鵠 全五巻 2冊揃 中村鼎五 東京書肆敬文堂藏 明治十二年〇和本古書古文書。 ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。文天祥指南録 明治3年 正気の歌 南宋 元王朝 王陽明 検) 戦前明治大正古書和書古文書写本古本 NZ ベストセラーランキングです近くの売り場の商品カスタマーレビューオススメ度 4.3点 現在、3023件のレビューが投稿されています。 | |||
自筆「源氏物語」の「若菜(わかな)上」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。現在の今上天皇と系譜がつながっている。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。従って、応永五年とは、書き始めの年である。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門」を称する。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。
出品した「源氏物語」は「若菜(わかな)上」の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。源氏の君の兄・朱雀院(前朱雀天皇)は六条院の行幸直後から体調を崩し出家しようとするが、後見人の居ない愛娘・女三宮の将来が心配で躊躇している。年が明けて二十三日、源氏の四十の賀が盛大に行われる。翌年三月には明石の女御(源氏の娘)が東宮(皇太子・後の帝)の男御子を出産。一方、かねて女三宮の降嫁を切望していた柏木(内大臣の息子)は、その後も未練を残していた。それ以降、柏木はますます女三宮への思いを募らせていく。
自筆上部の「我君不遊有深意(わが君の遊ばざるは深意あり)」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。)
大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
《「源氏物語」若菜(わかな)上の巻》
「若菜・上」の巻は英文で「New Herbs Part One」と表記されます。》
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。
自筆上部のタテ長の印は、「我君不遊有深意(わが君の遊ばざるは深意あり)」は、
中国の皇帝が行幸しないのは莫大な行幸に費やすことを控える徳を讃えた漢詩文の落款。》
自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。
《「源氏物語」若菜・上(わかな)の巻》
《原本上部に「我君不遊有深意(わが君の遊ばざるは深意あり)」という若菜・上の原文中に引用されている漢詩の落款が押捺されている。
正身の御ありさまはかりをは、いとよく教へきこえたまふに、
すこしもてつけたまへり。紫の御用意、けしきの、
こゝらの年経ぬれとゝもかくもゝり出て見え聞こえたるところなく、
しつやかなるをもとゝして、さすかに、心うつくしう、人をもけたす、
身をもやむことなく、心にくゝもてなし・・・《そへたまへること》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。
《「源氏物語」若菜(わかな)・上の巻》
《明石女御(春宮・皇太子の正室)男子を安産にてご出産》
《源氏の君、皇太子と明石女御の若君を大切にする紫の上について明石の君に話をする》
《大将の君(夕霧)、女三の宮(前朱雀天皇の皇女)と紫の上を比較して見る》
《宮(前朱雀天皇の皇女)のもとでは、ただ明けても暮れても、子供子供した遊び戯れに
熱中している女童の様子など、院の殿(源氏の君)はまったくお目障りと
お思いになることがしばしばで》・・・・・あると大将(夕霧)には思われる。
ただ宮(前朱雀天皇の皇女)ご本人のお身だしなみばかりは、まったく熱心に
お教え申しあげなさるので、院の殿(源氏の君)は、多少は気をつけてなんとか
とりつくろっていらっしゃる。
それにつけても紫の上のお心づかいといい、お身だしなみといい、これまで長い年月を
経ているが、何かと人の目にふれたり噂に立てられたりするようなこともなく、
まず第一に静かに落ち着いていらっしゃると大将の君(夕霧)には思われる。
現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)
備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。
《若菜・上》
但他的本性,世事不固己,因此听任些女童自由取,
以既然喜此游,亦自深可原,
故并不加以斥或。
夕大将看到此情状,想道:“世完全无缺的女子,
真正不易多得。
的本重着,心地温良。”》
中国訳文の出典:『源氏物(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)
中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」若菜・上の巻の末尾(原本番号108-B)の押印。冬姫は内大臣・通誠の養女。正式な名は伊達貞子。左端の写真は「若菜・上の巻」末尾の拡大写真。漢詩文の右の2つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)の印。右上の印は仙台藩医・木村寿禎の落款。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(出品した自筆の「断層画像写真」(若菜・上の巻)MRI 34―96B
自筆下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。
「我君不遊有深意(わが君の遊ばざるは深意あり)」という漢詩文の落款が押捺されている。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「源氏物語」の文字が記されております。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析・解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。実母は近衛家女房(瑤林院)。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。
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